苦いコーヒーを下さい

とある日の昼ごろ、お客様が途切れた時間帯に一人のお客様が来店されました。そして、カウンターに座り「苦いコーヒーを下さい。」と注文をされます。月に数回程来店されている方ですが、カウンターに座ることもなく、一度もそんな注文をされたことがないので、少し困惑しながらも、マンデリンを普段より抽出温度を高めにしてお出ししました。

 すると、「ずっと寝ていないから。」と一言。えっ?意味が分からない。苦いコーヒーを飲んだら更に眠くならなくなってしまうのでは?私が困惑した顔をしていると、「美味しい。」といって苦いコーヒーを飲む経緯を話してくれました。

 そのお客様は数年前に配偶者を亡くされているそうです。その際、看取っていた姿を近くで見ていたご姉妹から、「私が万が一の際には、最後はあなたに看取って欲しい。」と懇願されたそうです。それからしばらくし、そのご姉妹の方が病に倒れられて入院生活を続けられました。そして、最後は自宅に戻り、その方が寝ないで看病する中、お亡くなりになったそうです。

 「約束が守れたから。」、そう言って一区切りついた表情でコーヒーを飲まれる姿を見て、苦いコーヒーの意味が分ったような気がしました。これから始まる葬儀が終わるまでは寝てはいられないといった決意や、最後まで看取った自分自身へご苦労様といった思いが入り混じっているかのように見えたのです。 

 毎日、様々な方が来店されてコーヒーを飲まれます。多くは友人や家族と会話を楽しむ方ですが、日々の生活の中に一時の癒しを求めてコーヒーを飲む方があります。そんな空間を提供できることに、喜びと同時に、まめ蔵が存在する責任を感じる時間でした。