希少なビール

 日常的にお酒を飲まない私ですが、昨年、お隣の瑞浪市釜戸町に誕生した「カマドブリュワリー」に出かけます。醸造されたばかりのビールが醸造所で前日に販売開始となったこともあり、翌日なら買えるだろうと思い、2人の娘婿へのプレゼントとして送ろうと考えたのです。コロナ禍のために1年以上会っていない義父として、その存在を忘れられないようにとの僅かながらの心遣いというわけです。

 この「カマドブリュワリー」は株式会社東美濃ビアワークスの醸造所であり、20204月設立され、1112日に初醸造されたばかりの新しいクラフトビールのメーカーです。ちょっと前までは地ビールと呼ばれていましたが、今ではアメリカで使われているクラフトビールという言い方が主流になっているようです。

 地ビールが盛んになったのは、1993年に細川内閣がバブル崩壊後の経済停滞に対応するため、規制緩和による経済活性化の方針を打ち出したことがはじまりです。1994 4 月の酒税法を改正し、ビールの製造免許に必要な最低醸造量が2,000 キロリットルから60 キロリットルへと引き下げられ、発泡酒製造が原則自由化されました。それを期に、1990 年代後半には多くの企業が地ビール製造に参入した背景があります。

 株式会社東美濃ビアワークスの社長を務める東恵理子さんはユニークな経歴の方で、釜戸町の出身で、北海道テレビの報道記者や、青年海外協力隊の隊員としての勤務経験があるほか、まちづくり会社の立ち上げや、全国の地域活性化事業を手掛けたこともあるそうです。多治見まちづくり株式会社に勤務していた岡部青洋さんと知り合い、クラフトビールによる地域活性化を企画し、中津川市出身の醸造家、丹羽智さんに協力を仰いでビール造りを始めたんだとか。

 地元の陶芸家らと共同でビールに合う器の開発も進めているそうで、クラフトビールを通じて東濃地方の活性化に貢献したいということらしい。「生まめを まめに焙煎し 楽しくまめに暮らす」をモットーにしている呑気な私と違って素晴らしいかぎりです。地ビール醸造企業の設立が、立地する地域の再生や雇用、関連する中小企業の発展、さらには、住民のクオリティオブライフや観光産業の変化にどう及ぼすか、今後が楽しみになりそうです。

 酒飲みではない私ですが、大手ビールメーカーが提供するような「万人向け」かつ「高品質」なビールとは一線を画すビールを、価格がやや高くても日常的に好んで飲み続ける消費者は少数派ではないかと思います。ある意味、コーヒーにも同じようなことがいえる訳で、地ビールが自家焙煎コーヒーと同様に、ニッチマーケットであることを認識しておかなければならないと思いながら車を走らせます。

 ちなみに、クラフトビールのクラフト(craft)は英語で「技術」「工芸」「職人技」などを意味する言葉。クラフトビールとは、小規模な醸造所がつくる多様で個性的なビールを指します。これって、なんちゃら焙煎士ってのと似てないか?個人的には地ビールでいいじゃん。ネーミングや肩書、パッケージも大切ですが、コーヒーと同じく飲み続けてもらってなんぼの飲み物ですから、町民に「釜戸にきたらコレ飲まな!」といってもらえるようになるんだろうか。ビールとコーヒーでは業種はちがうものの、何かしら共通点を感じながら現地に到着です。

 工場(こうば)という感じの醸造所の前にはベンチがあり、正面の入口ドアに向かって歩いていくと、壁の張り紙に「完売しました」という文字が見えます。唖然!昨日から販売になったんじゃないの?車へ戻ってHPを見ると、確かに醸造所での販売開始は前日からでした。念のため通販サイトを覗いてみると、ここにも「SOLD OUT」の文字が! 「買えんのかい?」これでは希少ビールとなってしまい、気軽に飲めそうにもありません。普通なら、希少だから手に入れたいと思うのかもしれませんが、希少なコーヒーって言葉に慣れ親しんでいるせいもあって、急に気持ちが萎えてしまいました。 

 そんなこともあって、希少なクラフトビールが釜戸の地ビールと呼ばれるようになるまで、ここはしばらく待つこととしようと決め、コーヒー豆とお菓子を送ったのでありました。