虫の音とコーヒーを挽く音を楽しむ

 風呂上がりに書斎に行って涼んでいると、窓の外から様々な虫の音が聞こえてきます。鈴虫:「り~ん、り~ん」、コオロギ:「ピリリリリー」、マツムシ:「チンチロリン」、ウマオイ:「ジージー」、くつわ虫:「がちゃがちゃ がちゃがちゃ」、キリギリス:「ギッチョン、ギリリリー」、比較的草むらの多い場所なので、賑やかな虫の音を楽しめます。 

 火照った体も涼しくなり、ポットの水を沸かしてコーヒーを淹れる準備をします。コーヒー袋に入っている残量を確かめる「シャカシャカ」する豆の音、メジャースプーンですくう時の「ザクザク」と奏でる音、そして、電動ミルに投入すると「カラカラ」と豆が踊り、スイッチを入れた途端に豆が砕かれる「ガリガリ」と擦り潰されたような音。少し騒がしい音ではあるものの、その瞬間に香りが一気に広がります。 

 『珈琲店タレーランの事件簿』(著:岡崎琢磨)のように、クラシックなモデルの手回し式のコーヒーミルならば、「コリコリコリコリ」と豆を挽くのだろうが、普段は電動ミルを使ってしまうので、切間美星のように「その謎、たいへんよく挽けました」とはなりません。ですから、賑やかな虫の音を聞きながら、夜のコーヒーを楽しむのでした。 

 ところで、窓の外で鳴いている虫の音は「虫の声」とも言います。日本的な風流なものですが、西洋では虫の声をノイズととらえるといわれ、虫の声を認識しても季節感を感じることはないようです。 また、昆虫に関して日本ほど細かく分類していないこともあり、秋に虫が鳴いても、それがどの虫であるのか意識しないようです。ましてや、虫カゴに入れて鳴き声を楽しむという発想は欧米には無いんだとか。 

 その理由について、以前、東京医科歯科大学の名誉教授・角田忠信氏が説明しており、日本人とポリネシア人の脳の働きには、他の多くの民族と比べて大きな違いがみられるといいます。人間の脳は右脳と左脳とに分かれており、一般に右脳は感性や感覚を司り、左脳は言語や論理性を司ると考えられています。そして、ほとんどの民族は虫の声を右脳で認識しますが、日本人とポリネシア人だけは左脳で認識しているというのです。そのため、多くの民族には虫の声は「雑音」にしか聞こえない一方、日本人とポリネシア人には「言語」として認識されるということです。 

 また、日本語研究家の藤澤和斉氏によると、日本語とポリネシア語の特徴は、母音を中心としている母音部族のため、母音も子音も区別せず言語脳である左脳で処理しますが、それ以外の言語圏の人々は、まず母音を右脳で雑音として受け止めてから、子音を左脳で言語として処理しているといいます。さらに、そうした脳の使い方は、育ってきた言語環境によって変化するので、欧米人であっても日本語環境で育つと日本人同様の感覚になるといいます。 

 全く意識しないで虫の音を聞いていましたが、世界には同じように聞こえていない人がいると思うと、何だか不思議な気分です。ということは、先日書いた絵手紙の「虫の音と豆を挽く音を楽しむ」は、楽しめない人がいるんだ!