トウモロコシ!?

 グアテマラのコーヒー豆をハンドピック(ハンドソーティングと言うべきか?)していると、何やらコーヒーとは思えない物体があります。よく見るとトウモロコシではないですか!なんで?・・・コーヒー豆の中の異物としては、天日干しの際に混入する小石やコンクリート片はありますが、トウモロコシは初めて見ました。作業中にトウモロコシを食べていたんだろうかと、グアテマラの空の下で働く人の姿を想像してみるのでした。

 グアテマラとトウモロコシといえば、以前読んだ本に「トウモロコシの先住民とコーヒーの国民」(著:中田英樹)というのがありました。思い出したついでに、再び本を広げて読んでみることにします。内容は、グアテマラ共和国の南部、アティトラン湖畔のサン・ペドロ村を主たる舞台とした、人類学者の同地に対する1930年代からの先行研究を追跡するものであり、徹底して対象に内在的な視点からみる観察と、サン・ペドロがコーヒーをめぐって現状に至るプロセス描かれています。マヤ系先住民の調査から始まり、トウモロコシは先住民の生活を、コーヒーは国民の工業化・商業化される生活を象徴する作物として、両者を対比される文章には何回読んでも難解であり、しばらく先に、また今回のように読み返すのかもしれません。

 本書の「おわりに」の中で、『サン・ペドロの先住民たちが、二一世紀の多文化主義の時代においてひとつの示唆に富む新たな歴史を展開しようとしているならば、その根幹を支える「サン・ペドロの先住民の文化」とは、ロサーレスが最後まで躓いた、この南部へと絶え間なく移動してきた土地なし貧農たちの歴史そのものであり、それがこの「コーヒーの摘み取り」の一枚の絵の中に在るのだ。それは、サン・ペドロ社会を構成する先住民としてではなくそこを出入りする移民たちの、すなわちサン・ペドロの書かれた「歴史」のつねに枠外に書き込まれてきた者たちの歴史であり、あの正体不明の地、パマシャンのような定義できない南部の地を生き抜いてきた人々の歴史である。』との意味を確かめるように読み返し、店のカウンターに飾ってある、ペドロ=ラファエルの喫茶店に飾られた絵とは似ても似つかぬ、チープな「コーヒーの摘み取り」の絵を眺めるのでした。

 結局、コーヒー豆の中に何でトウモロコシが入っていたんだろうか?