■ 2017年4月 ブログ

2017年

4月

18日

松屋式で淹れてます

 お店でコーヒーを淹れる際には、松屋式という抽出方法を使用しています。正式には松屋式ドリップ法というらしく、カウンターにお座りの方へは金枠のドリッパーを使った抽出の仕方を説明していますが、興味を持たれた場合は必ず「松屋コーヒー本店」へ行くことをお勧めしています。何故なら、本家本元の松屋の会長から直々に教えてもらえるからです。間接的に私から伝えるよりも良いというのが本音です。

 松屋式については、松屋コーヒー本店のホームページにも解説があり、『松屋式ドリップ法とは、安定した味が出しやすくコーヒーの旨味成分だけを抽出し、時間が経っても味が劣化しない独自の抽出法です。』という説明とともに動画も貼り付けてあります。また、なぜ松屋式は金枠を使用するのかについても。『それは、蒸気が抜ける事により蒸らすという行為が出来るからです。陶器やプラスティック製のホルダーでフィルターを覆ってしまうと、蒸気が抜けず蒸らしがたりません。金枠だからこそ蒸らすことによりコーヒー粉が膨らみ、コーヒーの中まで水が浸透しおいしいコーヒーが抽出できるのです。』とあります。

 実際に松屋コーヒー本店に行かれたお客様も何人かおられ、それ以降は松屋式でコーヒーを楽しまれているそうです。そうした方には、さらに西尾市にある「フレーバーコーヒー」もご案内しているのですが、何せ遠い場所なので行かれた方は少ないようです。「フレーバーコーヒー」に行けば、珈琲屋と思えぬ店内の光景と店主のキャラクターにハマっていただけるのですが、西尾市までの交通の便を考えると、大須の松屋コーヒー本店まで行ってもらえるだけでも大満足なのです。

 「松屋式で淹れてます!」といっても、この松屋式が全てだと思っていません。松屋式は数ある抽出法の中の一つにすぎず、この抽出法で淹れたコーヒーが好きな方が利用されれば良いのですから。実際、私自身も色々な抽出器具や抽出法を試してきましたが、それぞれ特徴を持ったコーヒーの味に仕上がるため、どれが一番というものではなく、私が好きなコーヒーとして選択したに過ぎません。そして、そのコーヒーに共感していただける方が、ご自身でも松屋式を利用されることを望んでいます。

 コーヒーの抽出やコーヒーのことを真面目に考えている珈琲屋さんが東海地方にあるのですから、松屋コーヒー本店やフレーバーコーヒーには是非立ち寄ってほしいものだと思っています。

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2017年

4月

17日

桜の花が散る前に

 今朝の天気予報では、午後から雨風が強くなるというので、桜の花が散る前に最後の花見をしようと多治見市の虎渓山に出かけてきました。虎渓山は岐阜県選定の「飛騨・美濃さくら三十三選」にも選ばれる桜の名所ですが、老木の桜が枯れてしまい、昔のような山全体が桜色に染まることもなくなって無残な状態になっています。そんなこともあって、地元の有志の方々が集まって桜の再生に取組んでおられるおかげで、今でも公園内には約400本のソメイヨシノなどの桜が咲く、お花見と言えば虎渓山の虎渓公園と言われる桜の名所なのです。

 多治見市街を一望できる虎渓山には、開花期間の夜には飲食の露店が並び、お花見気分を盛り上げてくれるほか、子供が遊べる遊具がいくつかあるので人気のお花見スポットとなっています。また、公園から伸びる参道を降りて行くと、虎渓山永保寺の美しい庭園が広がり、池を囲むように桜の木が植えられ、国宝の観音堂など由緒ある建築物と共に、春色に色づく庭園を楽しめます。(もう遅かった!)

 散策していると雲行きが怪しくなったので、虎渓山にある「五平餅」と「木の芽でんがく」が有名な若松屋に立ち寄り、「五平餅と田楽セット」(500円)をいただきました。田楽が一部欠けているということで一本おまけしてもらい、ちょっと得した気分で散りかけた桜を見ることができました。

 帰路に着く頃には雨も本降りとなってきました。桜の花が見られなくなるのは残念ですが、この春の嵐とともに季節も徐々に夏へと向かうのでしょうね。さて、開店二周年の案内状に載せる絵手紙でも描きましょうか。 

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2017年

4月

16日

弘法乞食

 朝からお店の前の道に、多くの子供たちが歩いている様子が見えます。「そうか!今日は弘法乞食の日なんだ。」と気づきました。この地域では「弘法乞食」と呼んだり、「弘法様」や「弘法さん」とも言うお祭りがあるのです。

 弘法様とは、日本仏教界に多大な影響を与えた高野山金剛峯寺、真言宗の開祖、弘法大師(空海)のことです。庶民の教育や社会事業にも尽力し、日本有数の思想家です。書家としての才能も発揮しており、「弘法も筆の誤り」「弘法筆を選ばず」など、ことわざにもなっているほどの「仏教界のスーパースター」なのです。3月21日は、弘法大師の亡くなった日で、旧暦の3月21日には「正御影供(しょうみえく)」という弘法大師の御影を祀って供養する行事が日本各地で行われているのです。地域によってやり方も開催日も様々ですが、多くの地域では弘法様を祭っている家でお菓子や餅を配る風習が残ってます。

 子供たちが小銭(1円、5円、10円)やお米をお供えすることで、お祭りしてある家主から駄菓子がもらえるため、お祭りしてある家々を沢山回って、手提げ袋を駄菓子でいっぱいにしていますが、このお菓子を振る舞う理由には、弘法大師(空海)の生きていた時代は飢饉が多かったそうで、弘法大師が庄屋さんなどのお金持ちに「自分一人ではなく、貧しい人にも分け与えよう。」と説いて回ったことが由来とされているようです。

 そんな理由を知ることもなく、駄菓子が山のようにもらえるイベントとしての「弘法乞食」ですが、“お互いさま”の精神を学ぶ風習として、私が子供のころから続いている光景を微笑ましく眺めているのでした。

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2017年

4月

14日

竹の子総会

 昨夜は「土岐手話サークル竹の子」の第42回総会が行われました。考えてみれば42回も総会が行われるほど、何と長く続いているのかと感心してしまいます。その期間に幽霊会員期間も含めて三十数年関わっており、ボランティアサークルとして地域に根付いた活動が続けられているのも、多くの会員が地道な努力を積み重ねているからだと思います。

 そのサークル活動を設立時から支えてもらった聴覚障害者の西尾さんが昨年亡くなり、奇しくも今年が全日本ろうあ連盟の70周年記念にあたることから、記念に作成された連盟の70年の歴史を紹介するドキュメンタリー映画を総会終了後に上映することになりました。

 映画は、全日本ろうあ連盟が1947(昭和22)年に群馬県伊香保温泉で創立以来、先人たちが差別や偏見と闘い、運転免許獲得運動、手話通訳制度化運動、差別法令撤廃運動など、石段を一段ずつ登るように運動を重ね、ろう者の人権を獲得してた、これまでの運動の歴史を紹介するとともに、運動の基盤である「仲間・組織」の大切さを訴える内容になっています。

 私が手話サークルに入った頃は、国際障害者年のボランティアブームにのった時代で、多くのサークル会員にも恵まれ、単に手話を学ぶだけでなく障害者の生活向上や権利について理解を深めたものです。けれど、最近では県内の手話サークルの多くが会員減少とカルチャースクール化してしまい、手話の裏側に存在する苦悩の歴史を知る機会は少なくなりました。そんな意味で、今回の上映会は単に懐かしさだけではなく、気づきを与える時間になったのではないかと期待を含めて思ったのでした。

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2017年

4月

13日

貝殻でコーヒーを量る

 コーヒーの木の果実には2個のコーヒー豆の形の種子がはいっているのですが、成長の過程で一つが成長せずに、残った1個が丸く育つことがあります。ピーベリーと呼び、栗の大粒の実と同じような状態です。

 また、一つの種子の中は胚乳が「の」の字のように渦を巻いてものが、二重になって育つものがあり、一回り大きい反面、焙煎の途中で分離して凹んで湾曲したりします。これを「貝殻豆」と呼んで、多くの自家焙煎店ではハンドピックの際に取り除いています。気象条件による生育不良が原因と考えられており、ケニアやタンザニアで多い傾向のにあるようです。

 確かに貝殻のように見えますが、成分は炭酸カルシウムではくコーヒーですし、貝柱もありません。(あたりまえか?)通常の豆の状態と比べて薄い部分が多くなるため、過度の焙煎状態となり、苦みが増すなどの理由で取り除かれてしまう貝殻豆ですが、ファミレスのコーヒーマシンの上部に見えるコーヒーストックには時々見られます。何だか厄介者のようですが、イエメンでは貝殻豆だけを集めて高級品として扱われているそうです。いったい現地でいくらで取引されているのか?何で高級品なのか知りたいものです。

 コーヒーに関する興味は日々尽きることがありません。それは、今では日常の飲み物となったコーヒーだからこそ、普段口に入れるコーヒーそのものに関心を持つからでしょう。そして、コーヒーを扱って商いを行っているからなのですが、ややもすると、こうしたブログやカウンターでお客様との会話の中で、知りえたわずかな情報のみでウンチクを語りだしてしまいそうになり、つい立ち止まってしまうこともあります。まだまだ新米珈琲屋であり、学ぶべきことが山ほどあることを自覚しているからです。けれど、今後も出来る限り知りえた情報をもとに、コーヒーを楽しみたいというお客様へ伝えるべき事柄を話していきたいと思います。

 ことわざに、『貝殻で海を量る』というものがあります。「貝殻で海の水を汲み、その水の量で海の大きさを量ろうとすること。すなわち、自分の狭い見聞や浅薄な知識で、大きな問題を論じる浅はかさをたとえていう。」という意味ですが、『貝殻でコーヒーを量る』にならないよう、これからも自分の足で出向いて、自分の目で確かめ、多くの人と出会って学んでいく姿勢だけは続けたいのもです。

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2017年

4月

12日

手網焙煎やってるってよ

 お店の花壇にチューリップが咲き誇り、ピンクや黄色、赤色と賑やかになっています。間に咲くビオラも大きくなって今週いっぱいは華やいだ気分を楽しめそうです。

 そんな花壇をお昼に眺めていると、久しぶりに豆を買い来たお客様が来店です。知人から、「あの人は今、手網焙煎やってるってよ!」って言われていたので、焙煎の様子を伺うことにしました。

 何を機に始めたかは聞きそびれましたが、銀杏煎りを使って家の外で焙煎をしているそうです。何度やっても上手く焙煎できない苦労話を色々聞いていると、自分が始めた頃を思い出してアドバイスが止まりません。温度計もなく、煎り止めタイミングも分からないまま、無我夢中で何度も挑戦しては味見をし、自分が求めている香味を探す作業は魅力が一杯といった感じです。

 コーヒー豆の焙煎を自分でしている方は意外にいるもので、お店へ豆を買いにみえる方の中にも数名いらっしゃいます。自分でやっているからこそ焙煎の難しさやコーヒー豆の知識も増えることになり、コーヒーの楽しみ方も何倍にも広がる

からこそ、自分の焙煎とは異なるコーヒー豆を買いに来店されるのだと思います。

お客様と情報を交換したり、楽しみを共有できる喜びは自家焙煎店ならではかもしれません。

 手網焙煎から温度計の付いた電動の焙煎機に興味を持ったり、小型のガス加熱の焙煎機に進む人もいるなど、ハマってしまう人がいる焙煎の世界に「おいで!おいで!」をしながら、コーヒーファンが増えることを夢見ているのです。

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2017年

4月

08日

コーヒーの甘さ

 喫茶店をやってみたいと単純に思っていた頃は、まさか珈琲屋という形態になる事を夢にまで考えていませんでした。けれど、コーヒーについて学んでいく際、苦いだけのコーヒーという感覚を覆す、コーヒーの甘さを強く感じたコーヒーに出会って、コーヒーの魅力に引き込まれたのでした。コーヒー豆の産地や品種、生産処理方法で味覚が異なり、焙煎によってさらに複雑に変化するコーヒーには大きな魅力があったのです。

 現在もコーヒー生豆を焙煎し、日々抽出する過程の中で、焙煎後も香味が変化していくコーヒーに驚き、時には翻弄されているのですが、コーヒーの甘さについては理解できないことばかりです。そんな理解の甘い私に、コーヒーの甘さを教えてくれる本があります。

 20089月発行の『コーヒー「こつ」の科学』(著:石脇智広)によれば、「完熟豆には糖分が多く含まれ、それがコーヒーの甘みになるという説ですが、これは誤解です。(中略)なぜなら、生豆に含まれていたショ糖は、焙煎によってほとんどなくなってしまうからです。ショ糖は焙煎するとコーヒーの色、香り、酸味のもととなります。実際には果実の熟度が高くなると、焙煎時の色づきがよく、香りと酸味の豊かなコーヒーになるのです。ショ糖が甘みのもとになっているとすれば甘いカラメル香としてであって、舌に感じる甘みとしてではありません。では、コーヒーを飲んだときに感じる甘みはどこからくるのでしょう?これは私にとっても謎です。甘みにつながりそうな物質はあるのですが、答えはまだ出そうにありません。」

 このコーヒーの甘みの謎を少し解き明かしてくれたのが、昨年2月に発行された『コーヒーの科学』(著:旦部幸博)です。「コーヒーを飲む人たちの間では、しばしば「コーヒーの甘味/甘さ」が話題に上がり、特にスペシャリティーコーヒーをよく飲む人たちが、この焦がし砂糖のような香りのコーヒーを「甘い」「後味が甘い」と表現するようです。じつは、もともと生豆に含まれるショ糖の量は少ない上に、浅煎りの時点までにそのほとんどが熱分解されて、「(味覚としての)甘味」を感じるだけの濃度は残りません。それ以外の甘味成分もコーヒーからは見つかっておらず、「コーヒーの甘み」が実在するかどうかはずっと疑問視されてきました。しかし、それがフラノン類によって生まれる「(風味としての)甘さ」だと考えれば上手く説明がつきます。フラノン類は食品に甘い風味を付ける着香料にも用いられ、水に混ぜて口に含むと確かに甘さを感じます。」とフラノン類を指摘していましたが、どうもそれだけでは全てが納得できそうにもないようです。

 自分は科学者ではないからといって、科学者が書いた本に頼って全てが分かるほど甘くはないと思うのですが、お客様に提供するコーヒーを通してコーヒーの甘さの認知を広めていきたいと思っています。

 

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2017年

4月

06日

春らしく

 今日から数日間は雲が多くかかる天気のようですが、昨日まで暖かい日が続いたこともあり、駐車場横の花壇にはチューリップが並んで咲いています。

 午前中に焙煎していた際の煙も煙突から北向きに流れていることが分かり、北風から南風に移ったんだと季節の変化を感じます。

 気づけば入口ドアのガラス越しに、中学生が真新しいカバンを背負いながら歩いています。「そうか、今日は新学期の始業式なんだ。」と気づきました。

 最近は毎朝、新聞配達のオートバイの音を聞いて目覚めた後、裏庭の方から聞こえる鶯の囀りを楽しんでいます。

 春らしさを感じるものは人によって様々なのでしょうが、私が春らしさを感じるものはこんな出来事なのです。そういえば、コーヒーでも「〇〇春ブレンド」なんて言って、春を連想させる豆を販売している店も多いのですが、正直、飲みながら春を感じたことなかったな~。これは、私に春を感じる味覚がないのか、単に店主の自己満足なのか?

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2017年

4月

04日

臨時休業が増えそうです

 定休日を月曜日として営業していますが、冠婚葬祭や病気の場合、コーヒーセミナー参加等を理由に臨時休業してきました。今年度は町内会長の役が来たため、臨時休業がさらに増えそうです。

 町内の役は1年間だけなのですが、頻繁に飲みに通っていただける方や、コーヒー豆を定期的にお買い求めの方に対してはご迷惑をおかけすることになりそうです。特に町内の行事には河川清掃、お祭り、防災訓練等が日曜日に行われるため、お勤めの方で休日に来店される方々には出来る限り事前にお知らせしなければなりません。

 先日も休日に来店された方が、来店前に電話で営業中であることを確認されたこともあり、理由をお尋ねすると「こないだ来たとき臨時休業だったから。」言われてしまいました。店頭のボードに周知分を書いたり、ホームページやツイッターでお知らせしても、必ずしも全員が見る訳ではないですからね。自分自身も同じような経験をしているので、対応に苦慮してしまいます。

 当たり前に開いている店でありたいと同時に、当たり前を続けることの難しさを痛感するのでした。

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